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不良少年

93分

キネマ旬報日本映画第1位/日本映画監督賞受賞(1961年第35回)
マンハイム国際映画祭金賞受賞(1961年)

「俺は銀座を歩いたことがない。
護送車の中から見ただけだ⋯」

この作品は、久里浜の特別少年院の先生と生徒の赤裸々な手記「とべない翼」をもとにしたものです。
ゆがんだ少年たちのこころを探ろうという意図のもとに、罪を犯した少年たちが少年院に送られて出所するまでを描いたもので、隠しカメラは、少年たちのたむろする盛り場の片隅や雑踏に接近して、生き生きとした会話や雰囲気をとらえ、映像の可能性を掘り起こそうとした異色の傑作です。
優れた記録映画を多数、世に送り続けた羽仁進が脚本・監督挑んだ劇映画第一作。
1961年のキネマ旬報ベストテンで、あの黒澤明『用心棒』を抑えて第1位に輝いた映画史にのこる名作。



演出にあたって

人間の生き生きとした姿を通して、人生の真実を知りたい、というのは、僕の作品のいつも変らぬテーマです。そのために演技によらない隠し撮りなどの手法を考えてきました。
今度の作品の場合は、物語のある映画で、少年達も自分と同年輩の役を演じているわけです。しかしあくまで、人間性の自由な瞬間をキャッチするために、いるいろな注意を払いました。
即興演出とでもいうべき方法が主体で、セリフも行動も、僕のプランと少年達の意見によって討論し、現場で新しい表現に作り上げました。
撮影の大部分を主な役の少年達と生活を共にしていくので、重要なシーンは何日もかかって話しあったわけです。
少年達の速いリズムの行動をナマでとらえるために、カメラも録音もいままでの映画のタブーを破って、彼等に密着するように試みています。
激しい行動を支えているエネルギー、憧れと夢がかもし出す不安な影、それはたしかに不良少年達の特徴にちがいありませんが、また青年期にさしかかる、つまり大人になろうとする少年達のすべてがもつ、いわば思春期の象徴ではないでしようか。
この映画が、彼等の生命の一断片でもとらえていれば望外のよろこびです。

羽 仁 進


製作メモ

2年程前、1冊の手記「とべない実」(地主愛子編・理論社)が刊行された。これは、久里浜にある少年院の生徒と先生の赤裸々な記録と手記をまとめたものである。ここには、現代の少年が、そのあまるエネルギーを誤った行動についやし、罪を犯してゆく過程が生々しく描かれている。この本の出現によってこの映画が誕生した。
映画「不良少年」は罪をおかして特別少年院に送られた18歳の少年の記録である。われわれは記録映画の手法でこのテーマを描くことを望んだが、未成年の少年を、少年院に収容されている状態のままで撮すことは出来ない。そのため、劇映画の形式をとったがシナリオは最少限度のフィクションにとどめた。出演者も、それに近い体験をもつ素人の中から選び、その主な少年俳優の生活体験と行動を、シナリオに付け加えた。
選ばれた主役ほか20人ぐらいの少年たちは、映画も演劇も知らないズブの素人である。リハーナルに約1ケ月資した。その間、少年たちの特徴や性癖は、そのまま映画に素直に反映するように注意した。セリフは、自然な感情をあらわすため、すべて少年達の即興的な表現にまかせた。しかしその意味だけは充分討論した。演技も細かいところまで指定せず、一連の行動のなかから、作者の望むところだけをカメラにおさめた。録音用マイクも止め、あとで声のみを再演するか、尨大なテストの時のテープで合成するなどして、これらの演技者に演技上の完全な自由を与えた。
この映画ではセット、スタジオ、ロケセットは使っていない。ライトもさけ、自然光のまま撮影された。非行少年の溜り場である浅草や銀座でも、少年たちを追って車のなかから、人ごみのなかから、建物の窓から、気づかれないようかくし取りされた。出演している少年たちすら、カメラがどこにあるのか知らないほどであった。演出も、いきおい即興的な手法をとらざるを得ない。少年たちが予想を超える演技をする。その都度撮影プランは変更され、少年の「真実」により近づくよう努力された。その結果、フィルムは、驚く程、いきいきとした少年の姿をとらえ、あらためて、人間を発見することのよろこびを感じさせた。
この映画に登場する少年以外のさまざまの人物も現職もしくはそれに近い職業の人々に出てもらった。主な何人かの少年たちは、撮影のないときも、撮影隊と同行した。少年達は、完全に自分のペースを会得して、街頭でも、少年院でも直ちに「自分」を作り上げた。こうした少年のペースに巻き込まれると、他の大人の素人俳優たちも、全く自然に少年との演技ができたのである。
スタッフはその機動力を高めるため最少限度に止め、羽仁監督以下総員7名で編成した。かくしどりの困難な場所ではカメラマンと監督の2人で、しかも16粍の小型カメラで撮影が行われた。
このようにして、フィルムは主人公と、彼をとりまく非行少年の群像の中に、青春の魅力と不安を描き乍ら、自ら成長してゆく彼らのいきいきとした姿をとらえることができた。



製作スタッフ
製作:吉野馨治
監督:羽仁 進
助監督:土本典昭・山崎耕一郎
撮影:金宇満司
撮影助手:西山東男
録音:安田哲男
録音助手:小川泰
製作主任:柳田博美
音楽:武満 徹


16ミリフィルム販売当時のチラシ

不良少年チラシ表 不良少年チラシ裏

パンフレット

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