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ヒロシマナガサキ ~核戦争のもたらすもの~

DVD/46分
学校・団体・ライブラリー価格 15,000(税別)

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体験のない私たちは
どのようにして事実を知り
体験を伝えていけばよいのか...

文部省特選/教育映画祭優秀作品賞/優秀映画鑑賞会推薦/日本紹介映画コンクール金賞

企画:広島市・長崎市
監修:原爆災害誌編集委員会
製作:岩波映画製作所
カラー/46分/1982年製作/日本語版・英語版

ヒロシマナガサキpdf

あらゆる世代の人に、あらゆる立場の人に、あらゆる人々にヒロシマナガサキの事実と体験を知ってもらい、対話の土台になる映画。恐怖、涙、絶叫、絶句でおわれば体験は伝わらない。冷静な理性と思考力、想像力によって、今日の言葉として語りつがねばならない。
広島・長崎の被爆者は口をそろえて言う。

「今、私たちが一番残念に思うことは、原子爆弾が私たちの上に落とされた"あの時"のことではありません。現在に至ってもなお、核兵器がつくられ続けていることです。」

原子爆弾被曝の体験は決して過去のものではない。核兵器が巨大化、高性能化した今日であればこそ、その事実を日本の全ての人に、世界の全ての人に、知ってもらう必要がある。広島市と長崎市が、新たに映画を企画した意図も桃にあった。
 物理的破壊力。それによって人間生活の基盤である社会そのものを奪った事実。瞬間、大量の殺傷。人体を長期にわたって苦しめつづける放射線傷害。これら一つ一つの事実と総合的被害の実相は、今日あるいは明日の核戦争を予想させる未来への警告である。
 この映画は、科学者たちの報告を集大成した書物"広島・長崎の原爆災害"に基づき、あくまでも科学的な視点から、原子爆弾被曝の総合像を描こうとした記録映画である。

1995年8月

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広島と長崎、二つの市が初めて共同で企画

この映画は、広島・長崎両市における凄惨な被害を人類が再び引き起こしてはならないと警告するために企画され、正しく原爆被害の実態を知っていただくために製作された科学的な映画です。また、両市が共同してつくった初めての映画でもあります。この映画が、日本全国で、世界の各地で上映され、核兵器廃絶による真の世界平和達成のために役立つことを願ってやみません。

元広島市長 荒木武


核戦争の危険性が高まるなか、これを取り除こうとする良心の叫びもヨーロッパ・アメリカ・日本において高まりつつあります。すでに核の恐ろしさを身をもって体験した広島・長崎の役割は、ますます大きなものとなったといえます。この映画は、そうした役割の一端を果しうるものと確信します。映画をつうじて広島・長崎の被爆体験が、ほかの地域の人々に、そして、これからの世代に語り継がれてゆくことを心から希望する次第です。

元長崎市長 本島等


ヒロシマナガサキ

  1. 〜今の世代ヘ
  2. 被爆者と医学者が、いまのヒロシマ・ナガサキから体験のない若い世代に呼びかける。原子爆弾被爆という事実は現在につながっている、と。

    (証言)幼稚園職員の山岡さん/電報局につとめる谷口さん/高校教師の森下さん/病理学者の飯島さん

  3. 〜1個の爆弾による破壊
  4. ニューメキンコ州アラモゴードの実験は、核戦争の脅威の時代の始まりをつげた。そして、たつた1回の実験から21日後の広島投下、さらに3日後の長崎投下。核兵器は、それが人間に何をおよばすのか、という理解のないままに使用された。―瞬のうちに廃墟となった2つの都市。熱線、爆風、放射線、それらの総合的被害。直後に撮影されたフィルムが物語るその瞬間。

  5. 〜社会が消滅した
  6. 死んだ人の数や焼けた家の数、だが被害は量的なものだけではない。原子爆弾は人間の生活を支える社会そのものを根こそぎ奪った。誰も生き残らなかった街。全滅した家族の墓。学校、教会、役所など社会的機能が失われた中で、人間の生活が、名前が、住所が、生死の区別が失われた。現在の広島と長崎にもその爪あとが残っている。

    (証言)原爆資料館の館長 高橋さん

  7. 〜原子爆弾
  8. さらに大きな問題は、生き残つた人々に与えた傷害であった。ひどい熱傷と外傷、そして目に見えない放射線による傷害。放射線傷害はその原因も治療法もわからず、医師までが死の恐怖にまき込まれた。

    (証言)被爆医師 秋月辰―郎さん/病理学者 飯島宗一さん

  9. 〜後遺症の時期
  10. さまざまな傷害もその年の暮に回復にむかい、原子爆弾傷害も終わりをつげたかに思われた。しかし、予想もしない後遺症が次々とあらわれはじめた。ケロイド、白内障、白血病、癌。放射線は体の設計図を破壊する。それは現代医学でも解決できない。遺伝的影響は?

    (証言)病理学者 飯島宗―さん

  11. 〜被爆者の現在
  12. (証言)寝たきりの生活を送る富永さん/原爆小頭症児の畠中百合子さんと父親国三さん/車椅子の体で若者に語る渡辺さん

  13. 〜今日の課題
  14. ヒロシマ・ナガサキの体験は今日ようやく世界に知られるようになった。ローマ法王の平和アピール。そして8.6の広島、8.9の長崎。だがそれらの声は本当にはとどいていない。広島型原爆百万発分の核兵器の存在と、核戦争の脅威が現実のこととしてある。

  15. 〜ひとりひとりが...
  16. 被爆医師である秋月さんは語る
    「しかし私は、その人たちの声、その人たちのうめき声を絶対に人々に伝えて、明日の人間の姿を指し示す。今の核の装備、明日の核の装備に対する警告にしては小さいけれど、警告せざるを得ないのです。」
    これは体験者の決意であると同時に、非体験者である私たち世代の決意でもある。少年は縁側で何も知らずに死んでいった。だが私たちは核戦争の恐ろしさを、すでに知っている。