出雲かぐら
「出雲神楽」
日本神話の中でも最も重要な位置を占める出雲地方。ここには八岐の大蛇の化身といわれる斐伊川をはじめ、ゆかりの地が各地に点在している。神代の昔とつながる舞である神楽は、一方では神のお告げを賜るための神事でもあった。
島根には、多くの神楽が今も数多く伝わっているが、舞い方、演奏などの違いから出雲神楽、石見神楽、隠岐神楽などに分けることができる。中でも出雲神楽は構成がきわめて整然としているのが特徴。曲目は面を着けないで剣や榊を持って清めたりはらったりして舞う「七座」、祝言としての「式三番」、鬼や大蛇、命、姫などの面を着けて舞う「神能」などに大別される。この神能の代表的なものが、大東町で受け継がれている「海潮神代神楽」である。
同神楽の由来は判然としないが、江戸中期頃までに、和野、本郷、薦沢、北村、小河内の五社中で神楽舞が行われ、子孫、後輩に伝わり、各神楽社中の永年にわたる研究、研鑚が実って、初源的な姿のままに保存伝承されている。
金欄錦の衣装の荘厳な姿、古雅荘重な奏楽と、それに乗って舞う優雅入神の妙技は観覧車をひきつけて放さず、神能、神楽の王座を占めるものである。
神代神楽の主な演目
「簸の川大蛇退治」、「五行」、「恵比須」、
「畝傍山」、「国譲」、「茅の輪」、「香具山」、
「日本武」、「岩戸」など
歌舞伎の魅力
舞台
ダイナミックな舞台転換をはかる大ぜり、廻り舞台など役者が変身してスッポンから出現するためには、何回か入念なテストが行なわれます。花道と仮花道が川になるためには水布が敷かれ、水色の衣装を着た人が舟を押します。幕の使われ方も、多様な効果をあげています。
舞台が表現する様々な表情と変化は、いろいろな裏方の工夫と仕掛けに支えられ、そこで演ずる役者の呼吸1つに合って、思いがけない新鮮な魅力が歌舞伎に秘められていることを再発見させます。
歌舞伎の魅力
勧進帳 ~松羽目物の成立~
歌舞伎の醍醐味ともいえる勧進帳、弁慶の飛び六法の引込み、しかし勧進帳はもともと能の「安宅」を素材として誕生した歌舞伎です。
能「安宅」は、兄頼朝に追われる義経の一行が山伏に変装し、弁慶の知恵と勇気で関所を無事通過するという一曲です。能舞台の様式<羽目板の松の背景>をそのまま歌舞伎の様式として使ったので、後世松羽目物と呼ばれるようになり、中世の能と近世の町人がつくり上げた歌舞伎との違いをみることができます。
歌舞伎の魅力
新歌舞伎
江戸初期に誕生した歌舞伎は、今も数多くの出し物を伝え、盛んに上演され続けています。しかし歌舞伎は固定した演劇ではなく、時代の要請に応じて、様式にも様々な創意工夫を加え、現に生きている演劇です。
明治維新という激動の時代を迎えた歌舞伎が、いま「新歌舞伎」と呼ばれている。近代作劇法による歌舞伎を創造しました。この作品では、その歴史に新しい伝統を加えたことを、坪内逍遥作「牧の方」長谷川伸作「一本刀土俵入」の舞台を中心に語ります。
歌舞伎の魅力
音楽 ~おさん茂兵衛 大徑師者暦にみる~
国立劇場で製作されている「歌舞伎の魅力シリーズ」の8作目、歌舞伎にとって音楽は、その本質の1つといえるものです。この作品では、歌舞伎の舞台が音楽と深く関わりながら成りたっていること、更に歌舞伎俳優にとって音楽の素養は欠くべからざるものであることを理解させます。
歌舞伎の魅力
上方歌舞伎・和事の伝承
柔らかな身ぶりや語りで恋する男の姿を描く上方歌舞伎・和事は、関西という風土が醸し出した独特の芸です。
江戸歌舞伎は型の伝承に重点が置かれていますが、和事では根本的な段取りはあっても、いかに表現すべきかは俳優の技量にかかわっています。
この作品では、「女殺油地獄」等の演目に、中村鷹治郎親子の伝承風景を交えて和事芸を紹介します。
歌舞伎の魅力
菅丞相片岡仁左衛門 ~義太夫狂言の演技~
義太夫狂言とは、人形浄瑠璃として製作されたものを、歌舞伎の舞台に移し、役者が演じたものをいいます。
特に菅丞相を主人公とした「菅原伝授手習 鑑」は「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」とともに、義太夫狂言の三大傑作といわれています。
片岡仁左衛門が、いかにして悲劇の主人公としての菅丞相になりきるか、稽古から本舞台へと変身する過程を克明に描いているのがこの作品の最大の魅力です。
歌舞伎の魅力
黙阿弥・人と作品 ~「鼠小僧」を中心に~
黙阿弥没後から百年余りすぎた今日、その作品の数々は今もなお、最も多く上演されている。
温厚、篤実な態度で人情味あふれる作品を書き続け、時代とともに生きた黙阿弥の作品の面白さと巧みさ、そして段取りのよい芝居のようであったといわれる黙阿弥の生涯を「鼠小僧」を中心にして、様々なエピソードと共に生き生きと描いています。
狂言
舞台の狂言は民俗芸能とは対照的な洗練の極致にある芸です。
この作品では、人間国宝・野村万蔵の演じる「瓜盗人」を中心に「千鳥」、「宗論」、「首引」、「葺」が狂言の面白さを展開します。
狂言の舞台にはその様式美とともに、数百年のへだたりを忘れさせる新鮮な笑いがあります。このような狂言の芸がどのように伝承されていくか、野村家の稽古風景がそれを見せています。
狂言入門 太郎冠者の日々
狂言をはじめて見る人のためのもので狂言の面白さ、おかしさはどんなところにあるのか。狂言の代表的人物、太郎冠者とは一体どんな人物なのか。いくつかの演目の中から太郎冠者の日常生活、その仕事ぶり、暮らしぶりを探っていきます。
太郎冠者の人間像と現代に生きる私たちとの間には、何か共通した親しさがうかがえるのではないでしょうか。
能入門 「隅田川」をみる
長い歴史のなかで、簡素で集約された独特の舞台芸術として完成した能楽。その能楽のもつ魅力を、多くの人たちに伝えるために企画された「国立能楽堂映画シリーズ」の第1作がこの作品です。
能の持つ総合的魅力と要素を「隅田川」の舞台を一緒に鑑賞しながら、はじめてみる人にもわかり易く解説しています。
をどらばをどれ
長野県佐久、千曲川に面した一農村に700年の歴史を持つ「念仏踊り」が伝わっています。
一遍上人によって始められたといわれるこの民俗芸能を発祥の地でみつめ、伝統を守ってきた村と村の人々の心のありかを探っていきます。
野尻湖文化を求めて ~第13次野尻湖発掘~
長野県野尻湖。その昔、ナウマンゾウやオオツノシカが生息し、それをとらえて食物としながら野尻湖人が住んでいたことが判り、発掘は大きな成果を収めました。
その発掘方法は世界でも珍しい大衆発掘として発展しました。
鍛金―奥山峰石の技
東京・北区で創作を続けている鍛金の重要無形文化財保持者、奥山峰石氏の仕事ぶりを記録しています。
仕事場に所狭しと置かれている道具、ひたすら叩き、打ち延ばす行為から独創的な装飾技法が生み出され、技術というものが熟練から創意工夫のあるものに発展し新しいかたちで復活した技術の克明な記録です。
越後上布
越後上布の原料は苧麻です。糸をつくることを苧績みといい、爪の先だけで細かく切りさいて糸に撚りをかけ、それら晒して一反分の長さに揃えます。木羽定基に製図した柄を糸にうつして染めます。どの工程も根をつめた細かい手仕事で、80日かかって織りあげます。雪と人とが織りなす技術といえましょう。
早池峰神楽の里
岩手県北上山地の主峰・早池峰山は、昔、山伏の修行場だったところで、伝説によれば女神の領したまう霊山とされています。山麓の2つの部落・岳と大償(おおつぐない)には山伏たちが演じたという山伏神楽が残っていて、山伏せ後裔といわれる家々に伝承されています。
この神楽は早池峰神楽と呼ばれ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。この作品は昭和54年の時点における、神楽の里の姿を記録したものです。
文楽に生きる 吉田玉男
一見端正で温和な吉田玉男。丈の中に何十年もの蓄積された修行の厳しさを、文楽の舞台と、弟子たちや国立劇場の若い研修生に教える稽古ぶりを通して描いています。
一体の人形を3人でつかう。世界に比類のない文楽の人形、足に10年、左手に10年、首と胴と右手をつかう主遺いになるには少なくとも20年はかかり、しかもそれからが一層厳しい修練が必要で、本当に一人前になるには30年かかるといわれています。
諏訪のおんばしら ~祭り、神と、人と、その風土~
7年に1度長野県諏訪の地に繰広げられる「祭り」を媒体として神と人とその風土が一つになって燃焼する一大スペクタクル・・・。
都市構造・生活形態の変化が著しい今日、古代の祭祀の形態と独特の信仰を根強く伝える諏訪大社式年造営御柱大祭の、雄大且つ豪壮な祭りの展開を通して、現代に生きる私たちが失いつつある「心」の問題を探っていきます。
諏訪の御柱 ~氏子たちの祭典~
7年目ごとの寅と申の年に、諏訪地方一円、諏訪大社20万人の氏子が心をひとつにして、壮大に繰り広げられる御柱祭。上社の「本宮」「前宮」、下社の「秋宮」「春宮」合せて4つのお宮にそれぞれ4本ずつ、合計16本の柱を山から運び、建てる祭りですが、その準備から本番までを克明に記録し、「6年稼いで御柱祭ではたき出す」といわれるほど、諏訪の人々が祭りにかける意気込みと、その意味を探った作品です。
日本刀 ~宮入行平のわざ~
重要無形文化財「日本刀」保持者、宮入行平氏が伝承する作刀技法のうち、最も基本となる地鉄「玉鋼」の鍛錬法を中心に、「十文字鍛え」「本三枚鍛え」による刀の原形つくり出し、日本刀特有の機能を生み出すための、「土取り」「焼き入れ」など特殊な燃処理による仕上げ、「卸し鉄」の手法など、一振りの刀が完成するまでの工程をすべて記録しています。研ぎ師は小野光敬氏です。











