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二科会写真部 名誉会員
報道写真家 浜口タカシが語る

ドキュメント日本
〔歴史の瞬間〕

DVD:一般販売価格:18,000円(税別)

個人貸出・館内上映・学校利用可能価格

DVD:ライブラリー価格:54,000円(税別)

個人貸出・館内上映・団体貸出・館外上映可能

DVD/NTSC/4:3/片面1層/37分/日本語/1999年収録/2018年DVD化

2018年8月11日 浜口タカシ永眠

安堵の表情を見せ、ちょっと小さくなった浜口の前で思う。どうやら彼方の世界で面白い被写体を独り占めしようとしているらしい。享年86。このDVDのマスタリングが始まった矢先である。

現場で鬼と化す。
その心奥をドキュメンタリーの奇才・森田正明が抉る

歴史の瞬間pdf

制作ノート

【ドキュメント戦後・日本】

原爆、米軍機墜落、原潜入港、戦車阻止、嘉手納基地

【戦慄の成田空港】

12年間、のべ120回通い詰めた浜口を引き付けたものは?平和な農村に何が起きたのか?機動隊と対峙する農民⋯あまりの理不尽に人間不信に追い込まれた浜口が向かった先は雪の降りしきる荒れ狂った冷たい海だった

【ドキュメント日本】

高度成長期の日本、東京オリンピック、沖縄返還、平成へと

【衝撃と戦慄の日々〜全共闘〜】

全学運(学生対機動隊、緊迫する60年安保の現実

【災害列島】

雫石、羽田沖、御巣鷹山航空機事故、安中カドミウム、富山イタイイタイ病、ユージン・スミスと共に取材したチッソ・水俣病。64年の新潟地震では列車が止まり、24時間歩いて新潟を撮る。十勝沖、有珠山、三宅島噴火、阪神大震災、そして、病に倒れ、現場に向かうことすらできなかった雲仙普賢岳に思う

【青函トンネル】

写真集に収められていない男の仕事場、青函トンネル開通までのドキュメント。帰省を迎え、土産のおもちゃを手に、満面の笑みを見せる労働者

【もう一つの戦後〜中国残留日本人孤児〜】

浜口が18年間取り組む。孤児はなぜ味方の兵士に刺された?「この写真に見覚えありませんか?」残留孤児の悲痛な叫び⋯。まるで、憑りつかれたかのように撮り続ける浜口の戦争は終わらない。

チラシ画像をクリックするとpdfファイルでご覧いただけます。

1931年静岡県生まれ。
1964年全日本毎日写真展総理大臣賞
1965年日本写真家協会会員
1966年横浜美術協会会員
1969年モスクワ国際芸術報道写真展銅賞
1973年二科会写真部会員・審査員
1978年APA国際写真展金丸賞
アメリカ報道写真家協会賞
1979年第一回日本報道写真連盟賞
1987年厚生大臣感謝状(中国残留孤児取材)
1988年日本写真協会賞
1997年横浜文化賞

主な写真集(抜粋順不同)

「報道写真家の目」「記録と瞬間」「ドキュメント視角」「阪神大震災・瞬間証言」「戦慄の成田空港」「ドキュメント日本」「私の祖国」「大学闘争70年安保へ」「富士山天地」「富士秀麗」「北海に生きる」「二つの祖国」他多数

常設展示

浜口タカシ写真美術館(精進マウントホテル内 山梨県南都留郡富士河口湖町)

作品収蔵

横浜美術館、横浜市民ギャラリー、川崎市市民ミュージアム、日本大学芸術学部、中華芸術宮(中国上海)、オデッサ美術館(ウクライナ)、ルーマニア国立美術館 等

「災害現場に浜口の姿あり」。そのバイタリティーが痩せた体のどこから発生するのか?私は「義務感」しかないと睨んでいる。浜口とは歳が親子ほど離れているが、自他共に認める喧嘩相手でもある。浜口はこのビデオを気にいってくれて、私はその義務感に「少しは貢献できた」とも思っているが、その仲良しも、実は一過性なのである。

森田正明

写真・語り浜ロタカシ(報道写真家)
ディレクター森田正明(能動ドットコム)



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